はじけた。すると、すぐ、火花が散った。そして機体は黒烟を吐き、火焔となって、つばさは、真二ツに折れ、真直に、大地をめがけてもぐるように墜落した。
市街戦はすんだ。
兵士たちは、ぐたぐたに、二日半の休息を得た。酒。一週間吸わなかった煙草を二日で吸い戻した。
街路の到るところに支那人の屍体がころがっている。
酸っぱい臭気! 無数の唸る蠅。
毛並の房々とした野犬と、乞食が、舌なめずりをしながら、愉快げに、野犬は尾を振り立てて屍体の間をうろ/\していた。
爆破された無電局の、天に突きさゝるようなアンテナ柱は、半分どころからへし折れ、傾き、倒れかゝっていた。振りかえる者もなかった。直す者もなかった。黒い土のような人間が、その下にころがっている頭蓋から脳味噌をバケツに掻き取っていた。
不意に出動!
午前四時、疲労が直り、性慾が頭を擡《もた》げかかった頃である。兵士達は、急然と叩き起された。
柿本は、支那商館の石の窓口から、とびこむとき、向う脛《ずね》をすりむいた。沃丁《ヨウチン》を塗ったあとが化膿して、巻脚絆にしめられる袴下は、傷とすれた。びっこを引きながら整列に加わった。東の空が白みかけたばかりだ。高さ四丈、幅七間、周囲三里の城壁を攻撃するのだ。リン[#「リン」に傍点]とした寒い中隊長の号令。目に見えぬ顔。重藤中尉は、軍刀を掴んで歩いた。鉄条網を丸めて、片方にのけた狭い出口から兵士たちの列伍は、電柱伝いに行進した。
路は、露で、しッとりとしていた。静まりかえっている。歩調の揃った靴の音ばかりが、ザックザックと暗い空へ吸い込まれて行った。S病院の西側には、低い力のこもった号令で、砲兵隊が、がちゃ/\車輛をゆるがして砲列を敷いていた。兵士たちは黙って進んだ。青みかかった雲は、東方からさしてくる赤い日の出に、薄紫色に染めぬかれて、ゆるやかに動いていた。明るくなる。
墜落した飛行機に棟を折られた民屋は、甲羅をへしゃがれた蟹のようにしゃがんでいた。兵士たちばかり。家に人気はない。草は人間に踏みにじられて姿も分らなくなっていた。
だん/\高取や、木谷や、那須などの顔がはっきり見分けられるようになってきた。でくの[#「でくの」に傍点]坊のように、銃をかつぎ、背に、飯盒をつけた背嚢を喰いつかせて歩いていた。
戦争の恐怖以外に柿本は、中ン条の小母が子供を殺され、家がす
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