った眼を細めながら、賛成するように頷いた。
「やっぱし、君等は、馬賊の習慣から、ぬけきれねえんだ。」
 中津は笑った。
「そんなこというのは、理屈ッぽいあの娘の兄と君だけくらいなもんだよ。この広い支那じゅうで。」
「いいや。俺れゃ真面目に云ってるんだ。君のために。」
「真面目もへったくれも有ッたもんかい!……気に入りゃ、かっぱらって嬶《かかあ》にするし、いやになりゃポイポイ売ッとばすんだ。世話がなくって、どれだけ気しょくがいいか知れめえ!」
「あんまり増長するなってよ! 俺れゃ歩哨線の通過なんか知らねえぞ。」
「ふふふ。……知らなきゃ、知らなくッてもいゝさ。その代り俺れの方もバラシてやるから、――ネタはいくらでも豊富に掴んでんだぞ。」
 これはおどかしだった。
 集まった五人は、出発前の酒杯をとった。五人に較べると、山崎は、まだ、どこともなく日本人くさい感じが残っていた。さかずきをすゝめてもプリッとしてのまなかった。その身肌につけている五挺の、全部弾薬をこめたピストルは、大褂児の上から、胸に二挺、両脇に二挺、右の腰のポケットに一挺と、一寸した服の凸凹によって見破られた。――このケチン坊、なかなか金を溜めこんでけつかって、人には貸そうとしやがらねえんだ! 中津は、忌々《いま/\》しげに考えた。畜生! こいつは、支那へ奔放自由な生活をたのしみにやって来ているのじゃないんだ。小金をために来てやがるんだ! チェッ! くそッ!
 自動車がやってきた。
 も一度、中津は正式に嫁に貰って、孫のように可愛がってやったら! と思った。
 その方が平和で、その方がよかった。が、もう一歩を河に踏みこんでいた。どうせ、激流でも渡ってしまわなければなるまい!
「さア、出かけるとしようか。」彼は立ちあがった。金が、たりないことにも、気がかゝった。
「ボーイ、毛布はどうしたんだ?」眼を細めて賛成した赫富貴《ヘイフクイ》が云った。「あのロシア毛布を前の車に積んどけ。」赫はまた、快よげに眼を細めた。「――街ンなかを通る時にゃ、女をすっぼり頭からくるんどかないと、今日びの物々しい戒厳では、一寸、仕事がむずかしいからな。あのカーキ服の歩哨に猿轡《さるぐつわ》をはめた女が見つかった日にゃ最後だよ。」
 五人の者は、身支度を整えて、廊下へ出た。二階の窓硝子から通行人のポケットへ手を突ッこんでいる青鼠服が見え
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