は、山崎に云って、誰何されない交渉をした。和服の娘を無理やり積みこんでいるのを歩哨に目つけられると面倒だからだ。南軍の駐屯している区域にさしかゝると、かねて手に入れておいた、青天白日旗を自動車に立てる。そういうことにした。
二台の自動車は、街を流している。中津は娘を、おびき出してそこへ、歩いて通りかゝる。さきの一台が、急停車をする。刹那に、躍り出た仲間は娘を車中へさらいこむ。中津は、うしろの車に乗ってあとにつゞく。こういう風にきめられた。妹も、子供もついてくれば、三人共、さらって行く。そして、こゝから約四哩の黄河の沿岸の※[#「さんずい+樂」、第4水準2−79−40]口《ロンコー》まで、一息にとばして、そこから天津方面へ落ちのびるのだ。こういう計画だった。若し、すゞが、中津のさそいに乗らなければ、五人が屋内に押し入って行くつもりだった。暴力で拉致《らつち》するよりほかはなかった。金は銀が五百元あった。それから通らない、紙幣が三千五百元あった。
中津は、なお千円ほど工面をしなければならなかった。
同宿の山崎は、頻りに、この暴動を思い止まらせようとするのだった。けちくさい男だ。中津にはそれが、金を貸すのが嫌いだからとめていると取れた。それは急所を突いていた。そして、彼はとめられればとめられるほど、依怙地《いこじ》になった。
「よさないか、おい、そんなことは……」と、山崎は云った。「郷票をかっぱらうんなら、まだ分るが、鐚《びた》一文もない軟派の娘をかっぱらってどうするんだい。ええ、冗談じゃないぜ。」
「黙ってい玉え!」中津は、時刻が迫れば迫るほど、動揺をかくして、糞落ちつきに落ちついていることを示そうとした。
「君が、芯からそんなに熱心なら、なにも、かっぱらわなくたって、結婚を申し込めばいいじゃないか。野蛮な暴力的なことをやらなくたって、正式に娘を貰えばいいじゃないか、それなら俺れだって賛成だ。」
「馬鹿云い玉え!」と中津は笑った。「張大人だって、北京の東安市場《トンアンシーチ》へ行く途中で、ちょっと見た別嬪を早速、自動車へかっぱらって、タイタイとしちゃったじゃないか、俺等にゃ結婚申込なんて、お上品なやり口は、性に合わねえんだ。ほしいものは、どんどん遠慮なしにかっぱらって行く方が、はるかに、面倒くさくなくて愉快じゃないか。」
中津の仲間の赫富貴《ヘイフクイ》は、濁
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