んな奴に赤化宣伝をされちゃ、お前達の面目があるめえ!」
「中尉殿、ヒョウキンな話をして居るだけであります。あのチャンコロ、一寸、日本語が分るんであります。」と高取は云った。
「嘘云うな! 聞いて知っとる!」急激に中尉の顔は、けわしくなった。「ヒョウキンな奴でもなんでもいかん! 散れ! 散れ! 散って寝ろ! 用心しろ!」
「はい。用心します。」
兵士たちは、時以礼の話に心を引かれた。そして、その周囲に集った。宿舎はいつも暗かった。壁は、ボロ/\と剥げ落ちて来そうだ。そこは、虐げられ、苛まれた人間ばかりが集ってくる洞窟のように感じられた。
兵士と工人、これは同一運命を荷っている双生児ではないだろうか? 昼間の憔々《いら/\》しい労働は、二人を共に極度の疲憊《ひはい》[#「疲憊」は底本では「疾憊」]へ追いこんでいた。
俺れらは、この支那人の工人をいじめつけて、結局は、俺れら自身の頸をくゝっているんだぞ。工人達がいじめつけられてそいつが嬉しいのは大井商事だけだ。ほかの誰れでもないのだ。
高取は簡単にその話をした。いぶかしげに頸を振る者もあった。高取は、又話をした。補足するつもりだ。俺れらがここまでやって来て、俺れらは、日本の国のために尽していると考える。国の利権を守っていると考える。その結果、肥え太ったブルジョアジーは、どんな政策をとってくるか? その結果、肥え太るのは、ブルジョアだけだぞ。金を儲けて、なお、労働者の頸をしめる。ダラ幹には金を呉れてやるだろう。しかし優秀な労働者は、ます/\頸をしめつけられるんだ。
「兵タイて、何て馬鹿な奴だろうね。」と高取は、感慨深かげに云った。「自分が貧乏な百姓や、労働者の出身でありながら、詰襟の服を着とるというんで工人や百姓の反抗を抑えつけているんだ。植民地へよこされては、ブルジョアをます/\富ませるために命がけで働いてやっているんだ。一体、なんのために生きているのか、訳が分らない盲目的とは俺等のコッたなア! 全く自分で、自分の頸をくくっているんだ!」
皆んな、しみじみした、考えずにいられない気持になった。
「忍耐だ!」と木谷は心のうちで云っていた。「笞の下をくゞり、くゞって底からやって行かなきゃならないんだ。」
ここにも、彼等が、内地の工場や農村で生活をした、それと同じような、――もっとひどい、苦るしい生活があった。彼らは
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