出して一言せずにいられないのが阪西だ。完全、非の打ちどころのないものは、その完全であることが欠点となった。あまりに完成せるものは、完成せるが故に、それ以上発展性がないとの理由から。
「こゝは、津浦《しんぽ》線の界首《かいしゅ》駅から真一文字だ。まず、こゝへ、南軍が、全力をあげて殺到して来るものと見なければならん。」彼は、ほかの将校、下士を従えて南西角の土塁にまわって来た。「末永中尉、これで、こんなひはく[#「ひはく」に傍点]な土嚢塁で、幾万の敵を支え得ると思うかね。千の敵をも支え得ると思うかね。どうだね?」
「は。」
「敵は、敵だ。向うから戦闘をいどんで来るものと見て差支ない。……よし、やり直し! この一倍半の高さと、二倍の幅と、三倍の長さと、倍の機関銃を要する。」
「は。」
 西南角の土塁の彼方には、遙かに、草原と、黄土の上の青畑と、団栗《どんぐり》や、楢や、アカシヤの点々たる林が展開していた。霞んで見える。いつも、ほっついている山羊の群れもなかった。――百姓が略奪を用心してかくしたんだろう。階級が一ツちがっていても、いいだくだく[#「いいだくだく」に傍点]と、命令を聞かなければならないのが軍人だ。意見を開陳することは許されなかった。末永中尉は軍曹に命令した。軍曹は兵卒に命令した。土嚢塁は、四重の鉄条網をひッぺがしてやりかえられだした。
「もっと、もっと、ここまでのばせ!」
 末永中尉は、やかまし屋の阪西の顔色を伺いながら、目じるしに、大地へ靴で疵《きず》をつけた。この一角を特別に堅牢にすれば、堅牢でない他の部分に敵の攻撃力は集中されるだろう。そして、そこが崩壊するのだ。と彼は考えていた。
「土は、ここから取れッ! そのアカシヤは邪魔ものだ。折ッちまえ! チェッ! その拒馬は、こっちへ持って来る。」彼は、自分の考えは、おくびにも出さず、兵卒に指揮をつゞけた。「……もっと、もっと、円匙《えんぴ》と、つるはしを持って来い。出来ていないのはここだけだぞ! おそい! 振角伍長! そう、そんなことをしていないで!」
 青年訓練所を出た奴が、一年六カ月で、帰休になると喜んでいた。それが出兵で、帰休は無期延期だ。べそをかいた、その連中が、中尉の叱るような命令に、はい/\して、セッセと働いた。働き振りが目立った。
 償勤兵の高取は苦笑をしていた。柿本は、普通にやった。
「そうだ、
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