。その意識は、棍棒の暴威を、三倍も四倍にも力づけた。
把頭の李蘭圃《リランプ》は、平《ひら》工人よりは、一日に二十三銭だけ、よけいに内川からめぐんで貰っている。それだけの理由で、この支那人は、自分が日本人であるかのように、カーキ色の軍隊が、自分の保護者となり、自分の勢力となり、自分の樫の棒に怨《うらみ》を持つ、不逞の奴等や、回々《フイ/\》教徒を取りひしいで呉れるものと、一人ぎめにきめこんでいた。工人達をなだめたり、すかしたり、おどかしたりした。内川や小山のために、スパイの役目をつとめるのも彼だった。囮《おとり》の役目をつとめるのも彼だった。
兵士達は、工人のやることには、なんらの干渉をもしなかった。しないつもりだった。のみならず、工人を守った。そして、工場を守った。しかし、それでも工人は、軍隊に庇護される感じは受けずに、威嚇されるのだった。
兵士は守備区域の作業をつゞけた。街路には、縦横無尽に、蜘蛛の巣のような、鉄条網が張りめぐらされた。辻々には、ゴツゴツした拒馬が頑張った。
旅団司令部と、大隊本部の間は、急設電話によって連絡された。大隊本部と、歩哨線も、緊密に連絡された。兵士は、命令一下、直ちに武器を携えて、戦闘に応じ得る状態の下に置かれた。
辻々では歩哨が、装テンした銃を持って往き来する支那人を一人一人厳重に誰何《すいか》した。
僅か、一昼夜半の間に、市街は、すっかりその風ボウをかえてしまった。やにわに、平常着《ふだんぎ》の上へ甲胃をつけたように。
拒馬は、にょき/\とした二本の角を街路の真中に突ッぱっている。機関銃は、敏感な触角のように、土嚢塁の上に、腕をのばしている。工場も、塀も、社宅も、すべてが、いかめしい棘だらけの鉄によって庇護されている。
日本軍人の労働能率の高いことに眼を丸くしたのは、支那人だけじゃなかった。兵士達自身が、綿々と連続せる鉄条網と、万里の長城のような土塁を見かえして、われながら、自分の作業の結果にびっくりした。これが、支那兵を撃退するためと、ブルジョアの工場を、かためるために作られたとは云え、自分が拵えた器械を見て嬉しいように、嬉しかった。これが、俺れたちの工場を守るための武装だったらなア!
司令部の阪西大尉は、土嚢塁の出来上った成績を点検した。敵が押しよせて来る方向を考察した。完全無欠のものからも、なお、アラを探し
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