九

 青い大麦や、小麦や、裸麦が、村一面にすく/\とのびていた。帰来した燕は、その麦の上を、青葉に腹をすらんばかりに低く飛び交うた。
 測量をする技師の一と組は、巻尺と、赤と白のペンキを交互に塗ったボンデンや、測量機《レベル》等を携えて、その麦畑の中を行き来した。巻尺を引っ張り、三本の脚の上にのせた、望遠鏡のような測量機《レベル》でペンキ塗りのボンデンをのぞき、地図に何かを書きつけて、叫んでいた。
 英語の記号と、番号のはいった四角の杭が次々に、麦畑の中へ打たれて行った。
 麦を踏み折られて、ぶつ/\小言を云わずにいられなかったのは小作人だ。
 親爺は、麦が踏み折られたことを喜んだ。
 地主も、自作農も、麦が踏まれたことは、金が這入ることを意味する。
 敷地買収の交渉が来た。
 一畝、十二円六十銭で買った畠を、坪、二円三十銭で切り出して来た。一畝なら、六十九円となる訳だ。
 親爺は、自家《うち》に作りたい畠だと云って、売り惜んだ。
 坪、二円九十銭にせり上った。
 親爺は、地味がいゝので自家に作りたい畠だと、繰りかえした。そして、売り借んだ。単価がせり上った。
 僕は、傍《
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