ってかわられた。
 自動車は、くさい瓦斯を路上に撒いた。そして、路傍に群がって珍らしげに見物している子供達をあとに、次のB村、H村へ走った。

      五

 十一月になった。
 ある夜、トシエは子を産んだ。兄は、妻の産室に這入った。が、赤ン坊の叫び声はなかった。分娩のすんだトシエは、細くなって、晴れやかに笑いながら、仰向《あおむけ》に横たわっていた。ボロ切れと、脱脂綿に包まれた子供は、軟かく、細い、黒い髪がはえて、無気味につめたくなっていた。全然、泣きも、叫びもしなかった。
「これですっかり、うるさいくびきからのがれちゃった。」
 トシエは悲しむかと思いの外、晴々とした顔をしていた。これは、まだ、兄の妻とならないさきの、野良で自由にはねまわり、自由に恋をした、その時の顔だ。妙に、はしゃいでいた。
 つゝましさも、兄に頼りきったところも、トシエの顔から消え去ってしまった。赤ン坊は死んでいたのだ。
 一カ月の後、彼女は、別の、色の生白い、ステッキを振り振り歩く手薄な男につれられて、優しく低く、何事かを囁きながら、S町への大通りを通っていた。
 虹吉も家を捨てた。

      六


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