ぬかすぞい! 卯の天保銭めが!」
麦を踏み荒されたばかりで敷地となる田も畠もない持たない小作人は、露骨な反感を現わした。
「うちの田は、ちょっとのことではずれくさった。もう五間ほどあの電車道が、西へ振っとったら、うちにもボロイ銭が這入って来るんじゃったのに!」
と、残念がっている者もあった。
「伊三郎にゃ、あれだけ土地を持っとって、どうしたんか、相談でもしたように、はずれとる。」おふくろは、他人の事を嬉しげに話をした。トシエが逃げ返った仇をこゝで取っているような気持だった。「かゝっとるんは、たった一枚だけで、ほかは、角だけ一寸ふれとるんが、二たところあるばっかしじゃ。」
「へへえ、そいつは面白い。」
僕も、何か、気味たいのよさを感じた。
「それで、あしこにゃ、子供を学校へやった借金はあるし、年貢は、小作が、きちん/\と納めやせんし、くやん[#「くやん」に傍点]どるとい。」
「そいつもばち[#「ばち」に傍点]じゃ。かまうもんかい。」
敷地に杭を打たれたところへは、麦を刈り取ったあとで、鍬《す》きも、耕しも、植付けもしなかった。夏は、青々とした雑草が、勝手きまゝにそこに繁茂した。秋の末になると、その雑草は、灰色になって枯れた。黄金色にみのった稲穂の真中を、そこだけは、真直に、枯色の反物を引っぱったようになっていた。秋からは、その沿線附近一帯をも、あまり儲けにならない麦を蒔かずに、荒れるがまゝに放って置く者もあった。
冬の始めになった。又、巻尺と、赤と白のペンキ塗りのボンデンを持った測量の一組がやって来た。そして、望遠鏡のような測量機《レベル》でのぞき、何かを叫んで、新しく、別なところへ持って行って、四角の杭を打ちつけた。杭と杭とをつなぎ合す線は、今度はいくらか蛇のようにうねってきた。
「またもう一つ、別の電車をつくんじゃろうか。」
親爺は、測量をする一と組の作業を見てきて心配げな顔をした。
「こんなへんぴ[#「へんぴ」に傍点]へ二つも電車をつけることはないだろう。」
「ふむ。それは、そうじゃ。」
人々は、新しい杭が打たれて行くあとへ、神経を尖らしだした。敷地は、第一回の測量地点から、第二回の測量地へ変更されることになったのだ。
はじめの測量には、所有地が敷地に這入っていたのに、今度は、はずれている。そんな地主や自作農もあった。はじめは、四カ所もはいってい
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