そして、僕が、兄に代って、親を助けて家の心配をして行かなければならない、番になった。
 こいつは、引き合わん、陰気くさい役目だ。

      七

 十六燭光を取りつけた一個の電燈は、煤と蝿の糞で、笠も球も黒く汚れた。
 いつの間にか、十六燭は、十燭以下にしか光らなくなっていた。電燈会社が一割の配当をつゞけるため、燃料で誤魔化しをやっているのだった。
 芝居小屋へ活動写真がかゝると、その電燈は息をした。
 ふいに、強力な電燈を芝居小屋へ奪われて、家々の電燈は、スッと消えそうに暗くなった。映写がやまると、今度は、スッと電燈が明るくなる。又、始まると、スッと暗くなる。そして、電燈は、一と晩に、何回となく息をするのだった。
 自動車は、毎日々々、走って来て、走り去った。雨が降っても、風が吹いても、休み日でも。
 藁草履を不用にする地下足袋や、流行のパラソルや、大正琴や、水あげポンプを町から積んで。そして村からは、高等小学を出たばかりの、少年や、娘達を、一人も残さず、なめつくすようにその中ぶるの箱の中へ押しこんで。
 自動車は、また、八寸置きに布片の目じるしをくゝりつけた田植縄の代りに木製の新案特許の枠《わく》を持って来た。撥《は》ね釣瓶《つるべ》はポンプになった。浮塵子《うんか》がわくと白熱燈が使われた。石油を撒き、石油ランプをともし、子供が脛《すね》まで、くさった水苔くさい田の中へ脚をずりこまして、葉裏の卵を探す代りに。
 苅った稲も扱《こ》きばしで扱き、ふるいにかけ、唐臼ですり、唐箕《とうみ》にかけ、それから玄米とする。そんな面倒くさい、骨の折れる手数はいらなくなった。くる/\廻る親玉号は穂をあてがえば、籾が面白いほどさきからとび落ちた。そして籾は、発動機をかけた自動|籾擂機《もみすりき》に放りこまれて、殻が風に吹き飛ばされ、実は、受けられた桶の中へ、滝のように流れ落ちた。
 おふくろが、昔、雨の日に、ぶん/\まわして糸を紡いだ糸車は、天井裏の物置きで、まッ黒に煤けていた。鼠が時に、その上にあがると、糸車は、天井裏でブルン/\と音をたてた。
「あの音は、なんぞいの?」
 晩のことだった。耳が遠くなったおふくろは、僕のたずねたことが聞えずに、一人ごとをつゞけていた。
「武井から、今日の昼、籾擂代を取りに来たが、その銭はあるか知らん?」
「あのブルン/\という音は何ぞ
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