出た。そこには、死者が、しょっちゅうあこがれていた太陽の光が惜しげなく降り注いでいた。死者の女房は、群集の中から血なまぐさい担架にすがり寄った。
「千恵子さんのおばさん死んだの。」
「これ! だまってなさい!」
無心の子供を母親がたしなめていた。
井村は、自分にむけられた三本脚の松ツァンの焦燥にギョロ/\光った視線にハッとした。
「うちの市三、別条なかったか。」
市三は、影も形も彼の眼に這入らなかった。井村は、眼を伏せて、溜息をして、松ツァンの傍を病院の方へ通りぬけた。
「市三、別条なかったかな?」
不安に戦慄した松ツァンの声が井村の背後で、又、あとから来る担架に繰りかえされた。
「…………」
そこでも、坑夫は、溜息をついて、眼を下へ落した。
「うちの市三、別条なかったかなア!」
石炭酸の臭いがプン/\している病院の手術室へ這入ると、武松は、何気なく先生、こんな片身をそぎ取られて、腹に穴があいて、一分間と生きとれるもんですか、ときいた。
「勿論即死さ。」
医者は答えた。武松は忽ち元気を横溢さした。
「じゃ、先生、この森と柴田の死亡診断書にゃ、坑内で即死したと書いて呉れます
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