渡されたものゝ如く。
 物価は、鰻のぼりにのぼった。新しい巨大な器械が据えつけられた。選鉱場にも、製煉所にも。又、坑内にも。そして、銅は高価の絶頂にあった。彼等は、祖父の時代と同様に、黙々として居残り仕事をつゞけていた。
 大正×年九月、A鉱山では、四千名の坑夫が罷業を決行した。女房たちは群をなして、遠く、東京のT男爵邸前に押しよせた。K鉱山でもJ鉱山でも、卑屈にペコ/\頭を下げることをやめて、坑夫は、タガネと槌を鉱山主に向って振りあげた。アメリカでも、イギリスでも坑夫は蹶起《けっき》しつゝあった。全世界に於て、プロレタリアートが、両手を合わすことをやめて、それを拳《こぶし》に握り締めだした。そういう頃だった。
 M――鉱業株式会社のO鉱山にもストライキが勃発《ぼっぱつ》した。
 その頃から、資本家は、労働者を、牛のように、「ボ」とか、「アセ」「ヒカエ」の符号で怒鳴りつける訳にゃ行かなくなった。
 M――も、O鉱山、S鉱山、J鉱山では、昔通りのべラ棒なソロバンが取れなくなってしまった。
 しかし、こゝの鉱山だけは、いつまでも、世界の動きから取残された。重役はこの山間に閉めこまれた、温順
前へ 次へ
全38ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング