けた。急に心臓がドキドキ鳴りだした。彼は、それを押えながら、石がボロボロころげて来る斜坑を這い上った。
六百尺の、エジプトのスフィンクスの洞窟のような廃坑に、彼女は幽霊のように白い顔で立っていた。
彼は、差し出したカンテラが、彼女にぶつかりそうになって、始めてそれに気がついた。水のしずくが、足もとにポツ/\落ちていた。カンテラの火がハタ/\ゆれた。
彼は、恋のへちまのと、べちゃくちゃ喋るのが面倒だった。カンテラを突き出た岩に引っかけると、いきなり無言で、彼女をたくましい腕×××××。
「話ってなアに?」
「これがあの、ひげのあいつに喰われようとしとった、その女だ!」
カンテラに薄く照し出された女の顔をま近に見ながら彼は考えた。そして腕に力を入れた。女のあつい息が、顔にかゝった。
「つまんない!」彼女はそんな眼をした。
しかし、敏捷に、割に小さい、土のついた両手を拡げると、彼の頸×××××いた。
「タエ!」
彼は、たゞ一言云ったゞけだ。つる/\した、卵のぬき身のような肌を、井村は自分の皮膚に感じた。
それから、彼等は、たび/\別々な道から六百尺へ這い上って行きだした。ある時
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