間じゃねえぞ!」
「畜生! 何もかも、検査官に曝露してやれい! 気味たいがえゝ程やったろう!」
彼等は、不服と、腹立たしさの持って行きどころがなかった。
監督が上にあがって行くと、出しかけていた糞桶をまたもとの廃坑へ放りこんだ。斜坑の柵や新しくかった支柱は、次から次へ、叩きはずした。八番坑の途中に積んでいた塀も突きくずされた。三木脚の松ツァンは、ひょっくひょっくそこを通り越して息子がへしがれている洞窟へ這入って行った。支柱がはずされたあとは、くずれた岩や土が、柱が突きはずされると同時に、凄《すさ》まじい音を立てゝなだれ落ちて来た。
「こういうところを見せてやりたいなあ!」
十一時頃に、井村は、坑口にまで上ってきた。そして検査官が這入って来るのを待った。川の縁の公会堂附近に人がだいぶ集っている気配がして唄のようなものがきこえてきた。
今日こそ、洗いざらい、検査官に、坑内が、どれだけ危険だか見せてやることが出来る。どれだけ法規違反ばかりをやっているか見せてやることが出来る。――彼は、どれだけの人間が、坑内で死んじゃったかそれを思った。まるで、人間の命と銅とをかけがえにしているのと同然だった。祖母や、母は、まだ、ケージを取りつけなかった頃、重い、鉱石を背負って、三百尺も四百尺も下から、丸太に段を刻みつけた梯子を這い上っていた。三百尺の梯子を、身体一ツで登って行くのでさえ容易でない。それを、彼女等は、背に重い鉱石を背負っていた。彼女等は鉱石のために背をうしろへ強く引きつけられた。手と足とがひどく疲れた。我慢をした上に我慢をして登った。が、もう、梯子が三ツか四ツというところまで漕ぎつけて、我慢がしきれなくなって、足を踏みはずしたり、手に身体を支える力がなくなったりして、墜落した。上の者は、下から来ている者の頭に落ちかゝった。と、下の者は、それに引きずられて二人が共に落ちだした。その下に来ている者が又引きずられた。落ちながら、彼女達は坑内に凸凹している岩に、ぶつかった。坑底に落ちてしまうまでには尖った岩に、乳や、腕や、腰や、腹が××られたり、もがれたりした。そして、こなみじんになってしまった。どれが、誰れの手か、どれが、誰の足か、頭か、つぎ合すのに困るようにバラ/\になってしまった。――そんなことが幾度あったか知れない。それは、昔から検査官に内所にしてあった。彼の祖父は、百尺上から、落ちて来た、坑木に腰を砕かれて死んでしまった。親爺はハッパにやられた。彼の母も、母の妹も、坑内で死んでいた。母は、竪坑の、ひどく高いところから、拇指ほどの石がヒューと落ちて来た。それと同時に、鉄砲の弾丸《たま》にあたったように、パタリと倒れてしまった。石は、頭蓋骨を貫いて、小脳に這入っていた。何十人、何百人の者が、銅を掘り出すために死んだことか! 彼は、それを思うと、一寸の銅の針金、一つの銅の薬罐も、坑夫の血に色どられている気がした。
寒い、かび臭い風はスー/\奥から坑口へ向って流れ出て来た。そこで、井村は検査官を待った。公会堂の人のけはいと、唄が、次第に大きくはっきり聞えだした。八番坑のへしゃがれた奴が、岩の下に見えている。そこへ、検査官をつれて行くことを彼は予想した。山長や、課長が蒼く、顔色をかえて慌てだすだろう。ざま見ろ! 坑内にいる連中は、すべてを曝露してやる計画でうまくやっていた。役員の面の皮を引きむいてやるだけでもどれだけ気味がいゝかしれない。
二時まで待った。しびれを切らした武松は、坑口まで様子をさぐりに出て来た。
「これゃ君。」武松は、井村の耳もとに口をもって来て、小声に云った。「どうせ、曝露すりゃ、俺等はこっから追ン出されるぞ。」
「一かばちかだ。追ン出されたってかまわんじゃないか。」
「いや/\、そこで、この際、皆が一ツにかたく結びついとくことが必要なんだ。追ン出すたって追ン出されないようにだよ。」
ほかの者も、坑口まであがって来た。検査官は、やはりやって来るけぶらいも見えなかった。
「どう――もう来るかしら。」モンペイをはいたタエが、にこ/\しながら走り出て来た。「――ちゃんと、ケージのロープまで、もとの継《つ》いだやつにつけ直しちゃったんだよ。」
「今日こそ、くそッ、何もかも洗いざらい見せてやるぞ。」
「何人俺等が死んだって、埋葬料は、鉱車《トロ》一杯の鉱石であまるんだから、会社は、石さえ掘り出せりゃ、人間がどうなったって庇とも思ってやしねえんだ。あいつら、畜生、人間の命よりゃ、鉱石の方が大事と思ってやがるんだぞ!」
「うむ、そうだ、しかし、今日こそ、腹癒せをしてやるぞ! 今に見ろ!」
坑夫等は山の麓の坑口から、川縁の公会堂に、それ/″\二ツの眼を注いでいた。すばしっこい火箸のような、痩せッこつの七五郎が、板の橋を渡って
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