公会堂に様子をさぐりに、ぴょん/\はねとんで行った。
「おい、のんでるぞ、のんでるぞ!」
 踏みつけられたような笑い方をしながら七五郎は引っかえして来た。
「何《な》に、のんでる?」
「役員どもがより集って、検査官をかこんでのんでるぞ。」
「まだ、選鉱場も熔鉱炉も検査はすまねえんだぜ。」
「それでものんでる。のんでる。」
「チェッ! 酒で追いかえそうとしとるんだな。くそたれめが!」
 三時半に、阿見が公会堂からやって来た。睫毛の濃い眼が、酒で紅くなっていた。
「おーい、もう帰ったから、えゝぞ、えゝぞ。」彼は、板橋を渡ると、ずるげな、同時に嬉しげな笑い方をして、遠くから、声をかけた。
「くそッ! じゃ、もう検査はないんかい?」
「すんじゃったんだ。」
「見まわりにも来ずに、どうしてすんだんだい?」
「略図を見て、すましちゃったんだ。馬鹿野郎!」
「畜生!」
 坑夫等は、しばらく、そこに茫然と立っていた。
 川下の、橋の上を、五六台の屋根のあるトロッコが、検査官や、役員をのせてくだって行くのが、坑口から見えた。トロッコは、山を下ることが愉快であるかのように、するすると流れるように線路を、辷っていた。井村は、坑内で、自分等が、どれだけ危険に身をさらしているか、それを検査官に見せ付てやろうとしたことが、全く裏をかゝれてしまったことを感じた。畜生! 検査官など、何の役にも立ちやしなかったんだ! はじめっから、何の役にも立ちやしなかったんだ! 彼は、やっと、それをのみこんだ。役員とぐるになったって、決して、俺等の味方にゃならんものであることが分ってきた。
「これから、又、S町で二次会だぞ。」
 阿見は、相かわらず、ずるげな、同時にこころよげな笑いを浮べながら、酒くさい息を坑夫達の顔にゲップ/\吹きかけた。
[#地から1字上げ](一九二九年十月)



底本:「黒島傳二全集 第二巻」筑摩書房
   1970(昭和45)年5月30日第1刷発行
入力:大野裕
校正:原田頌子
2001年9月3日公開
2006年3月25日修正
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