知れん。そんな僥倖をたのみにした。事実天井は、墜落する前、椀をさかさまにしたように、真中が窪めて掘り上げられていた。
皆は、掘出しにかゝった。坑夫等は、鶴嘴《つるはし》や、シャベルでは、岩石を掘り取ることが出来なかった。で、新しい鑿岩機が持って来られ、ハッパ袋がさげて来られた。
高い、闇黒の新しい天井から、つゞけて、礫《こいし》や砂がバラバラッバラバラッと落ちて来た。弾丸が唸り去ったあとで頸をすくめるように、そのたび彼等は、頸をすくめた。
松ツァンは、二本の松葉杖を投げ棄ててタガネと槌を取った。彼は、立って仕事が出来なかった。で、しゃがんだ。摺古木《すりこぎ》になった一本の脚のさきへ痛くないようにボロ切れをあてがった。
岩は次第に崩されて行った。ピカ/\光った黄銅鉱がはじけ飛ぶ毎に、その下から、平たくなった足やペシャンコにへしげた鑿岩機が現れてきた。折れた脚が見え出すと、ハッパをかけるにしのびなかった。
「掘れ! 掘れ! 岩の下から掘って見ろ。」
鶴嘴とシャベルで、屍《しかばね》を切らないように恐る/\彼等は、落ちた岩の下を掘った。腥《なまぐさ》い血と潰された肉の臭気が新しく漂って来た。
「市三! 市三!」
跛《びっこ》の親爺は呼びつゞけた。が、そこからは呻きも叫びも何等聞えなかった。
「市三! 市三!……これゃどうしたってあかん!」
松ツァンの声は、薄暗い洞窟に、悲痛なひゞきを伝えた。井村は面《おもて》をそむけた。
腥い臭気は一層はげしくなって来た。
「あ、弥助爺さんだ。」
落盤を気づかっていた爺さんが文字通りスルメのように頭蓋骨も、骨盤も、板になって引っぱり出された。
うしろの闇の中で待っていたその娘は、急にへしゃげてしまった親爺の屍体によりかゝって泣き出した。
「泣くでない。泣くでない。泣いたって今更仕様がねえ。」
武松が、屍体に涙がかゝっては悪いと思いながら、娘の肩を持ってうしろへ引っぱった。
「泣くでない。」
しかし、そう云いながら、自分も涙ぐんでいた。それから、又、一人の坑夫が引っぱり出された。へしゃがれた蟹のように、骨がボロ/\に砕けていた。担架に移す時、バラバラ落ちそうになった。
彼等は、空腹も疲労も忘れていた。夜か昼か、それも分らなかった。仲間を掘り出すのに一生懸命だった。
二人、三人と、掘り出されるに従って、椀のような凹みに誰れか生き残っている希望は失われて行った。張子の人形を立っているまゝ頭からぐしゃりと縦に踏みつけたようなのや、××も、ふくよかな肉体も全く潰されて、たゞもつれた髪でそれと分る女が現れてきた。
三本脚の松ツァンは、屍体が引っぱり出されるごとに鼻をすりつけてかぎながら、息子の名を呼んだ。彼は、ボロ切れをまきつけた脚でいざりながら、鑿岩機を使ったり、槌を振り上げたりした。
よう/\九人だけ掘り出した。が、まだ市三は見つからなかった。
役員が這入って来た。そして、皆《みん》な洞窟から出るように云いつけた。
「どうするんだ?」
「検査だ、鉱山監督局から厄介なやつがやって来やがった。こんなところを見られちゃ大変だよ。」
「だって、まだ、ここにゃ五人も仲間が、残っとるんだぞ!」
「なあに、どうせ、くたばってしまって生きとれゃせんのだから二日、三日掘り出すんがおくれたっていゝじやないか。」
六
鉱山監督局の技師には、危険な箇所や、支柱や柵をやってないところや、水が湧き出る部分は見せないようにつくろっているのだ。切れた捲綱を継ぎ合して七カ月も厚かましく使っていた。坑夫はケージに乗って昇降するたびに、ヒヤ/\せずにいられなかった。それは、いつ、ぷすりと継ぎ目がぬけるか分らないのだ。その捲綱が新しいやつに取りかえられていた。廃坑の入口は、塞がれた。横坑から分岐した竪坑や、斜坑には、あわてゝ丸太の柵を打ちつけた。置き場に困る程無茶苦茶に杉の支柱はケージでさげられてきた。支柱夫は落盤のありそうな箇所へその杉の丸太を逆にしてあてがった。
阿見は、ボロかくしに、坑内をかけずりまわっていた。
三本脚の松ツァンが八番坑から仕方なく皆について出て来ると、そこは直ちに、塀を持って来て坑道が途中から塞がれることになった。松ツァンは一番最後に、松葉杖にすがって、ひょく/\出て来た。彼の顔は悲しげにひん曲り、眼だけが、カンテラにきら/\光っていた。
「いつも俺等に働かすんは、あぶないところばっかしじゃないか。――そこを、そんなり、かくさずに見せてやろうじゃないか。」
「そうだ、そうだ。」
「馬鹿々々しい上ッつらの体裁ばかり作りやがって、支柱をやらんからへしゃがれちゃったんじゃないか! それを、五日も六日も、そのまゝ放《ほう》たらかしとくなんて、平気でそんなことがぬかせる奴は人
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