監督は念を押して、繰かえした。
 三ツの屍《しかばね》は担架に移された。それから竪坑にまでかついで行かれ、一ツ/\ケージで、上に運びあげられた。
 坑内で死亡すると、町の警察署から検視の警官と医者が来るまで、そのまゝにして置かなければならない。その上、坑内で即死した場合、埋葬料の金一封だけではどうしてもすまされない。それ故、役員は、死者を重傷者にして病院へかつぎこませる。これが常用手段になっていた。
「可愛そうだな!」坑夫達は担架をかついで歩きながら涙をこぼした。「こんなに五体がちぎれちまって見るかげもありゃせん。」
「他人事《ひとごと》じゃねえぞ! 支柱を惜しがって使わねえからこんなことになっちゃうんだ!」武松は死者を上着で蔽いながら呟いた。「俺《お》れゃ、今日こそは、どうしたって我慢がならねえ! まるでわざと殺されたようなもんだぞ!」
「せめて、あとの金だけでも、一文でもよけに取ってやりたいなア!」
 坑外では、緊張した女房が、不安と恐怖に脅かされながら、群がっていた。死傷者の女房は涙で眼をはらしていた。三ツの担架は冷たい空気が吹き出て来る箇所を通りぬけて眼がクラ/\ッとする坑外へ出た。そこには、死者が、しょっちゅうあこがれていた太陽の光が惜しげなく降り注いでいた。死者の女房は、群集の中から血なまぐさい担架にすがり寄った。
「千恵子さんのおばさん死んだの。」
「これ! だまってなさい!」
 無心の子供を母親がたしなめていた。
 井村は、自分にむけられた三本脚の松ツァンの焦燥にギョロ/\光った視線にハッとした。
「うちの市三、別条なかったか。」
 市三は、影も形も彼の眼に這入らなかった。井村は、眼を伏せて、溜息をして、松ツァンの傍を病院の方へ通りぬけた。
「市三、別条なかったかな?」
 不安に戦慄した松ツァンの声が井村の背後で、又、あとから来る担架に繰りかえされた。
「…………」
 そこでも、坑夫は、溜息をついて、眼を下へ落した。
「うちの市三、別条なかったかなア!」
 石炭酸の臭いがプン/\している病院の手術室へ這入ると、武松は、何気なく先生、こんな片身をそぎ取られて、腹に穴があいて、一分間と生きとれるもんですか、ときいた。
「勿論即死さ。」
 医者は答えた。武松は忽ち元気を横溢さした。
「じゃ、先生、この森と柴田の死亡診断書にゃ、坑内で即死したと書いて呉れますね。」
「わしは、坑内に居合《いあわ》さなかったからね。」あやしげな口調になった。「こうして、監督がここへかついで来さしたんだから、勿論、まだ、命はあったかもしれんな。」
「先生が見て即死なら、見られたその通りを書いて呉れりゃいゝじゃありませんか。」
 返事がなかった。
「わしら行って見た時にゃ、もう息はなかったんですよ。」
「村上先生じゃったらなア!」隅の方で拇指《おやゆび》のない坑夫がさゝやいた。村上という医者は、三年前、四カ月程いて、坑山病院から頸になって行ってしまった。その村上も、決して坑夫に特別味方して呉れた医者じゃなかった。たゞ事実を有る通りに曲げなかった。そして、公平に、坑夫でも手子《てこ》でも空いていさえすれば、一等室に這入らした。その事実を曲げない、公平なだけでも、坑夫達には親のように有難かった。だが、それだけに、この坑山では、直ちに、追い出される理由になった。
「糞ッ!」
 彼等は、坑内へ引っかえしながら、むしろ医者に激しい憎悪を燃した。
「町が近けりゃ、ほかの医者にかつぎこんで見せてやるんだがなア!」
「なに、どいつに見せたって同じこったよ!」武松が憎々しげに吐き出した。「今に見ろ! 只じゃ怺えとかねえから。」
 妊婦は、あとで「脳振盪」と、病床日誌に死の原因を書きつけられていた。

      五

 今度は、山のような落盤の上に下敷きとなっている十四人を掘り出さなきゃならなかった。洞窟の奥の真暗な横坑にふさぎ込められていた土田は、山を這い渡る途中に、又、第二の落盤でもありやしないか、びく/\しながら、小さくなって、ころび出て来た。
 三本脚の松ツァンは、ケージをおりて、坑内へ這入って来た。彼は巨大な鉱石に耳をつけて息子の呻きがしやしないか神経を集中した。
「市三! 市三!」
 何度も大きな声を出して呼んだ。何ンにも返事がなかった。
「もうあかん!」彼は、ぐったりした。が、すぐあとから、又、「市三! 市三!」と息子を呼びつゞけた。
 そこからは、呻きも、虫の息も、何等聞えなかった。鉄管から漏れる圧搾空気だけがシューと引っきりなしに鳴っていた。
「これゃ、どうしたってあかん!」
 彼は、頭を両肩の中へ落しこんでしまう程がっかりした。
 集って来た死者の肉親は、真蒼になって慌てながら、それでもひょっとすると、椀のように凹んだ中にでも生きているかも
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