電報
黒島傳治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)市《まち》の

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一段二|畝《せ》の畑を

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「従弟」は底本では「徒弟」と誤植]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)むし/\した調子
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     一

 源作の息子が市《まち》の中学校の入学試験を受けに行っているという噂が、村中にひろまった。源作は、村の貧しい、等級割一戸前も持っていない自作農だった。地主や、醤油屋の坊っちゃん達なら、東京の大学へ入っても、当然で、何も珍らしいことはない。噂の種にもならないのだが、ドン百姓の源作が、息子を、市の学校へやると云うことが、村の人々の好奇心をそゝった。
 源作の嚊《かゝあ》の、おきのは、隣家へ風呂を貰いに行ったり、念仏に参ったりすると、
「お前とこの、子供は、まあ、中学校へやるんじゃないかいな。銭《ぜに》が仰山《ぎょうさん》あるせになんぼでも入れたらえいわいな。ひゝゝゝ。」と、他の内儀《おかみ》達に皮肉られた。

     二

 おきのは、自分から、子供を受験にやったとは、一と言も喋《しゃべ》らなかった。併し、息子の出発した翌日、既に、道辻で出会った村の人々はみなそれを知っていた。
 最初、
「まあ、えら者にしようと思うて学校へやるんじゃぁろう。」と、他人から云われると、おきのは、肩身が広いような気がした。嬉しくもあった。
「あんた、あれが行《い》たんを他人《ひと》に云うたん?」と、彼女は、昼飯の時に、源作に訊ねた。
「いゝや。俺は何も云いやせんぜ。」と源作はむし/\した調子で答えた。
「そう。……けど、早や皆な知って了うとら。」
「ふむ。」と、源作は考えこんだ。
 源作は、十六歳で父親に死なれ、それ以後一本立ちで働きこみ、四段歩ばかりの畠と、二千円ほどの金とを作り出していた。彼は、五十歳になっていた。若い時分には、二三万円の金をためる意気込みで、喰い物も、ろくに食わずに働き通した。併し、彼は最善を尽して、よう/\二千円たまったが、それ以上はどうしても積りそうになかった。そしてもう彼は人生の下り坂をよほどすぎて、精力も衰え働けなくなって来たのを自ら感じていた。十六からこちらへの経験によると、
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