彼が困難な労働をして僅かずつ金を積んで来ているのに、醤油屋や地主は、別に骨の折れる仕事もせず、沢山の金を儲けて立派な暮しを立てていた。また彼と同年だった、地主の三男は、別に学問の出来る男ではなかったが、金のお蔭で学校へ行って今では、金比羅《こんぴら》さんの神主になり、うま/\と他人から金をまき上げている。彼と同年輩、または、彼より若い年頃の者で、学校へ行っていた時分には、彼よりよほど出来が悪るかった者が、少しよけい勉強をして、読み書きが達者になった為めに、今では、醤油会社の支配人になり、醤油屋の番頭になり、または小学校の校長になって、村でえらばっている。そして、彼はそういう人々に対して、頭を下げねばならなかった。彼はそういう人々の支配を受けねばならなかった。そういう人々が村会議員になり勝手に戸数割をきめているのだ。
 百姓達は、今では、一年中働きながら、饉《う》えなければならないようになった。畠の収穫物の売上げは安く、税金や、生活費はかさばって、差引き、切れこむばかりだった。そうかといって、醤油屋の労働者になっても、仕事がえらくて、賃銀は少なかった。が今更、百姓をやめて商売人に早変りをすることも出来なければ、醤油屋の番頭になる訳にも行かない。しかし息子を、自分がたどって来たような不利な立場に陥入れるのは、彼れには忍びないことだった。
 二人の子供の中で、姉は、去年隣村へ嫁《かた》づけた。あとには弟が一人残っているだけだ。幸い、中学へやるくらいの金はあるから、市《まち》で傘屋をしている従弟[#「従弟」は底本では「徒弟」]に世話をして貰って、安くで通学させるつもりだった。
「具合よく通ってくれりゃえいがなあ。」と彼は茶碗を置いて云った。
「そりゃ、通るわ。一年からずっと一番ばかりでぬけて来たんじゃもの。」と、おきのは源作の横広い頭を見て云った。胡麻塩《ごましお》の頭髪は一カ月以上も手入れをしないので長く伸び乱れていた。
「いゝや、それでも市に行きゃえらい者が多いせにどうなるやら分らんて。」
「毎朝、私、観音様にお願を掛けよるんじゃものきっと通るわ。」
 源作は、それには答えなかった。彼は、息子が中学を卒業して、高等工業へ入って、出ると、工業試験場の技師になり、百二十円の月給を取るのを想像していた。

     三

 市の従弟から葉書が来た。息子は丈夫で元気が好いと書い
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