丈に、──丁度牢屋のように頑丈に出来ている。そこには、鉄の寝台が並んでいた。
 これがお前の寝台だ。とある寝台の前につれて来た二年兵が云った。見ると、手箱にも、棚にも、寝台札にも、私の名前がはっきり書きこまれてあった。
 二年兵は、軍服と、襦袢《じゅばん》、袴下《こした》を出してくに[#「くに」に傍点]から着てきた服をそれと着換えるように云った。
 うるおいのない窓、黒くすゝけた天井、太い柱、窮屈な軍服、それ等のものすべてが私に、冷たく、陰鬱に感じられた。この陰鬱なところから、私はぬけ出ることが出来ないのだ。
 軍服に着かえると、家から持って来たものを纒めて、私は外へ持って出た。
 呼出されるのを待つため、練兵場に並んだ時、送って来た者は入営する者の傍に来ることが出来ないので親爺と別れた。それから、私がこちらの中隊へ来ることを、親爺に云うひまがなかった。各中隊へ分れて行く者の群が雑沓していた。送って来た者は、どちらにいるか、私は左右を振りかえってよく見たのだが、親爺は見つからなかった。それが、私が着物を纒めて中隊の前へ出て行くと、そこに、手提げ籠をさげた親爺が立っていた。
 私は黙って、纒めたものを親爺に渡した。親爺は、それを籠の中へ押し込んだ。私は暫らく何も云わずに親爺の傍に立っていた。何故か泣けてきて、涙が出だした。
 親爺は、私が泣いているのを見た。しかし何とも云わなかった。何かを云いだすと却って、私を泣かせると思ったのだろう。

      三

 入営してから、一週間ばかりが、実に長かった。一カ月いや、二カ月にも値した。軍隊で一日を過すことは容易でない。朝、起きてから、日夕点呼をすまして、袋のような毛布にくるまって眠《ね》入ってしまうまで、なか/\容易でない。一と通りの労力を使っていたのではやって行けない。掃除もあれば、飯上《めしあ》げもある。二年兵の食器洗い、練兵、被服の修理、学科、等々、あとからあとへいろ/\なことが追っかけて来るのでうんざりする。腹がへる。
 軍隊特有な新しい言葉を覚えた。
[#ここから1字下げ、折り返して2字下げ]
からさせ、──云わなくても分っているというような意。
まんさす、──二年兵
ける、しゃしくに。──かっぱらうこと。つる。──いじめること。
太鼓演習、──兵卒を二人向いあって立たせ、お互いに両手で相手の頬を、丁度太鼓を叩
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング