ならなかった。豚と云っても馬鹿にはならない。三十貫の豚が一匹あればツブシに売って、一家が一カ月食って行く糧《かて》が出るのだ。
こゝ半年ばかり、健二は、親爺と二人で豚飼いばかりに専心していた。荷車で餌を買いに行ったり、小屋の掃除をしたり、交尾期が来ると、掛け合わして仔豚を作ることを考えたり、毎日、そんなことで日を暮した。おかげで彼の身体にまで豚の臭いがしみこんだ。風呂でいくら洗っても、その変な臭気は皮膚から抜けきらなかった。
もとは、小屋も小さく、頭数も少なくって、母が一人で世話をしていたものだった。親爺は主に畠へ行っていた。健二は、三里ほど向うの醤油屋街へ働きに出ていた。だが、小作料のことから、田畑は昨秋、収穫をしたきりで耕されず、雑草が蔓《はびこ》るまゝに放任されていた。谷間には、稲の切株が黒くなって、そのまゝ残っていた。部落一帯の田畑は殆んど耕されていなかった。小作人は、皆《み》な豚飼いに早替りしていた。
たゞ、小作地以外に、自分の田畑を持っている者だけが、そこへ麦を蒔いていた。それが今では、三尺ばかりに伸びて穂をはらんでいる。谷間から丘にかけて一帯に耕地が固くなって荒れる
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