、倒れなかった。それは、見事な癇高いうなり声をあげて回転する独楽のように、そこら中を、はげしくキリキリとはねまわった。
「や、あいつは手負いになったぞ。」
 彼等は、しばらく、気狂いのようにはねる豚を見入っていた。
 後藤は、も一発、射撃した。が、今度は動く豚に、ねらいは外れた。豚は、一としきり一層はげしく、必死にはねた。後藤はまた射撃した。が、弾丸はまた外れた。
「これが、人間だったら、見ちゃ居られんだろうな。」誰れかゞ思わず呟《つぶや》いた。「豚でも気持が悪い。」
「石塚や、山口なんぞ、こんな風にして、×××ちまったんだ。」大西という上等兵が云った。「やっぱし、あれは本当だろうかしら?」
「本当だよ。×××××××××××××××××××。」
 やがて、彼等は、まだぬくもりが残っている豚を、丸太棒の真中に、あと脚を揃えて、くゝりつけ、それをかついで炊事場へ持ちかえった。逆さまに吊られた口からは、血のしずくが糸を引いて枯れ草の平原にポタ/\と落ちた。
「お前ら、出て行くさきに、ここへ支那人がやって来たのを見やしなかったか?」
 宿舎の入口には、特務曹長が、むつかしげな、ふくれ面をして
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