前哨
黒島伝治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)支那部落に屯《たむろ》していた
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、底本のページと行数)
(例)※[#さんずいに「兆」、第3水準1−86−67、213−5]
/\:二倍の繰り返し記号
(例)あしこの沼のところでノコ/\やって居るぞ。
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
×:伏せ字
(例)相手が×間でなく
−−
一 豚
毛の黒い豚の群が、ゴミの溜った沼地を剛い鼻の先で掘りかえしていた。
浜田たちの中隊は、※[#さんずいに「兆」、第3水準1−86−67、213−5]昂鉄道の沿線から、約一里半距った支那部落に屯《たむろ》していた。十一月の初めである。奉天を出発した時は、まだ、満洲の平原に青い草が見えていた。それが今は、何一ツ残らず、すべてが枯色だ。
黒龍江軍の前哨部隊は、だゝッぴろい曠野と丘陵の向うからこちらの様子を伺っていた。こちらも、攻撃の時期と口実をねらって相手を睨みつゞけた。
十一月十八日、その彼等の部隊は、東支鉄道を踏み越してチチハル城に入城した。※[#さんずいに「兆」、第3水準1−86−67、213−13]昂鉄道は完全に××した。そして、ソヴェート同盟の国境にむかっての陣地を拡げた。これは、もう、人の知る通りである。
ところで、それ以前、約二週間中隊は、支那部落で、獲物をねらう禿鷹のように宿営をつゞけていた。
その間、兵士達は、意識的に、戦争を忘れてケロリとしようと努めるのだった。戦争とは何等関係のない、平時には、軍紀の厳重な軍隊では許されない面白おかしい悪戯《いたずら》や、出たらめや、はめをはずした動作が、やってみたくてたまらなくなるのだった。
黄色い鈍い太陽は、遠い空からさしていた。
屋根の上に、敵兵の接近に対する見張り台があった。その屋根にあがった、一等兵の浜田も、何か悪戯がしてみたい衝動にかられていた。昼すぎだった。
「おい、うめえ野郎が、あしこの沼のところでノコ/\やって居るぞ。」
と、彼は、下で、ぶら/\して居る連中に云った。
「何だ?」
下の兵士たちは、屋根から向うを眺める浜田の眼尻がさがって、助平たらしくなっているのを見上げた。
「何だ? チャンピーか?」
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