彼等が最も渇望しているのは女である。
「ピーじゃねえ。豚だ。」
「何? 豚? 豚?――うむ、豚でもいゝ、よし来た。」
お菜《かず》は、ふのような乾物類ばかりで、たまにあてがわれる肉類は、罐詰の肉ときている彼等は、不潔なキタない豚からまッさきにクン/\した生肉の匂いと、味わいを想像した。そして、すぐ、愉快な遊びを計画した。
五分間も経った頃、六七名の兵士たちは、銃をかついで、茫漠たる曠野を沼地にむかって進んでいた。豚肉の匂いの想像は、もう、彼等の食慾を刺戟していた。それ程、彼等は慾望の満されぬ生活をつゞけているのだ。
沼地から少しばかり距った、枯れ草の上で彼等は止った。そこで膝射《ひざうち》の姿勢をとった。農民が逃げて、主人がなくなった黒い豚は、無心に、そこらの餌をあさっていた。彼等はそれをめがけて射撃した。
相手が×間でなく、必ずうてるときまっているものにむかって射撃するのは、実に気持のいゝことだった。こちらで引鉄《ひきがね》を振りしめると、すぐ向うで豚が倒れるのが眼に見えた。それが実に面白かった。彼等は、一人が一匹をねらった。ところが初年兵の後藤がねらった一匹は、どうしたのか、倒れなかった。それは、見事な癇高いうなり声をあげて回転する独楽のように、そこら中を、はげしくキリキリとはねまわった。
「や、あいつは手負いになったぞ。」
彼等は、しばらく、気狂いのようにはねる豚を見入っていた。
後藤は、も一発、射撃した。が、今度は動く豚に、ねらいは外れた。豚は、一としきり一層はげしく、必死にはねた。後藤はまた射撃した。が、弾丸はまた外れた。
「これが、人間だったら、見ちゃ居られんだろうな。」誰れかゞ思わず呟《つぶや》いた。「豚でも気持が悪い。」
「石塚や、山口なんぞ、こんな風にして、×××ちまったんだ。」大西という上等兵が云った。「やっぱし、あれは本当だろうかしら?」
「本当だよ。×××××××××××××××××××。」
やがて、彼等は、まだぬくもりが残っている豚を、丸太棒の真中に、あと脚を揃えて、くゝりつけ、それをかついで炊事場へ持ちかえった。逆さまに吊られた口からは、血のしずくが糸を引いて枯れ草の平原にポタ/\と落ちた。
「お前ら、出て行くさきに、ここへ支那人がやって来たのを見やしなかったか?」
宿舎の入口には、特務曹長が、むつかしげな、ふくれ面をして
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