したかな?」とじろ/\と部屋と兵士とを見まわした。
「うむ、そうです。」
「何か、その時に、面白い話はなかったですかな?」
 記者は、なお、兵士たちを見まわしつゞけた。
 兵士たちは、お互いに顔を見合わして黙っていた。記者は開けたばかりの慰問袋や、その中味や、子供の手紙にどんなことが書いてあるか、そういうことをたずねるのだった。兵士たちは、やはり、お互いに顔を見合わしていた。
「くそッ! おれらをダシに使って記事を書こうとしてやがんだ! 俺れらを特種にするよりゃ、さきに、内地の事情を知らすがいゝ。」
 彼等は、記者が一枚の写真をとって部屋を出て行くと、口々にほざいた。
「俺ら、キキンで親爺やおふくろがくたばってやしねえか、それが気にかゝってならねえや!」

    三 前哨

 ドタ靴の鉄ビョウが、凍てついた大地に、カチ/\と鳴った。
 深山軍曹に引率された七人の兵士が、部落から曠野へ、軍装を整えて踏み出した。それは偵察隊だった。前哨線へ出かけて行くのだ。浜田も、大西も、その中にまじっていた。彼等は、本隊から約一里前方へ出て行くのである。
 樹木は、そこ、ここにポツリ/\とたまにしか見られなかった。山もなかった。緩慢な丘陵や、沼地や、高梁《こうりゃん》の切株が残っている畠があった。彼等は、そこを進んだ。いつのまにか、本隊のいる部落は、赭土の丘に、かくれて見えなくなった。淋しさと、心もとなさと、不安は、知らず知らず彼等を襲ってきた。だが彼等は、それを、顔にも、言葉にも現わさないように痩我慢《やせがまん》を張っていた。
 支那兵が、悉く、苦力や農民から強制的に徴募されて、軍閥の無理強いに銃を持たされているものであることは、彼等には分りきっていた。それは、彼等と同じような農民か、でなければ労働者だった。そして、給料も殆んど貰っていなかった。しかし、彼等には、やはり、話にきいた土匪や馬賊の惨虐さが頭にこびりついていた。劣勢の場合には尻をまくって逃げだすが、優勢だと、図に乗って徹底的な惨虐性を発揮してくる。そういう話が、たった八人の彼等を、おびやかすのだった。本隊を遠く離れると、離れる程、恐怖は強くなって、彼等は、もう、たゞ彼等だけだと感じるようになった。
 北満の曠野は限りがなかった。茫漠たる前方にあたって一軒の家屋が見えた。地図を片手に、さぐり/\進んでいた深山軍曹は、も
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