った。入口に騒がしい物音が近づいた。ゴロ寝をしていた浜田たちは頭をあげた。食糧や、慰問品の受領に鉄道沿線まで一里半の道のりを出かけていた十名ばかりが、帰ってきたのだ。
 宿舎は、急に活気づいた。
「おい、手紙は?」
 防寒帽子をかむり、防寒肌着を着け、手袋をはき、まるまるとした受領の連中が扉を開けて這入ってくると、待っていた者は、真先にこうたずねた。
「だめだ。」
「どうしたんだい?」
「奉天あたりで宿営して居るんだ。」
「何でじゃ?」
「裸にひきむかれて身体検査を受けて居るんだ。」
「畜生! 親爺の手紙まで、俺れらにゃ、そのまゝ読ましゃしねえんだな!」
 でも、慰問袋は、一人に三個ずつ分配せられた。フンドシや、手拭いや、石鹸ばかりしか這入っていないと分っていても、やはり彼等は、新しく、その中味に興味をそゝられた。何が入れてあるだろう? その期待が彼等を喜ばした。それはクジ引のように新しい期待心をそゝるのだった。
 勿論、彼等は、もう、白布の袋の外観によって、内容を判断し得るほど、慰問袋には馴れていた。彼等は、あまりにふくらんだ、あまりに嵩《かさ》ばったやつを好まなかった。そういう嵩ばったやつには、仕様もないものがつめこまれているのにきまっていた。
 また、手拭いとフンドシと歯磨粉だった。彼等は、それを掴み出すと、空中に拡げて振った。彼等は、そういうもの以外のものを期待しているのだった。と、その間から、折り畳んだ紙片が、パラ/\とアンペラの上に落ちた。
「うへえ!」
 棚のローソクの灯の下で袋の口を切っていた一人は、突然トンキョウに叫んだ。
「何だ? 何だ?」
一時に、皆の注意はその方に集中した。
「待て、待て! 何だろう?」
 彼は、ローソクの傍に素早く紙片を拡げて、ひっくりかえしてみた。
「××か?」
「ちがう。学校の先生がかゝした子供の手紙だ! チッ!」
 その時、扉が軋って、拍車と、軍刀が鳴る音がした。皆は一時に口を噤んで、一人に眼をやった。顔を出したのは大隊副官と、綿入れの外套に毛の襟巻をした新聞特派員だった。
「寒い満洲でも、兵タイは、こういう温い部屋に起居して居るんで……」
「はア、なる程。」特派員は、副官の説明に同意するよりさきに、部屋の内部の見なれぬ不潔さにヘキエキした。が、すぐ、それをかくして、「この中隊が、嫩江《のんこう》を一番がけに渡ったんで
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