犬に喰われているのを目撃してきていた。それは、原始時代を思わせる悲惨なものだった。
 彼は、能う限り素早く射撃をつゞけて、小屋の方へ退却した。が、犬は、彼らの退路をも遮っていた。白いボンヤリした月のかげに、始め、二三十頭に見えた犬が、改めて、周囲を見直すと、それどころか、五六十頭にもなっていた。川井と後藤とは、銃がないことを残念がりながら、手あたり次第に犬を剣で払いのけた。が、犬は、払いのけきれない程、次から次へとつゞいて殺倒した。全く、彼等を喰い殺さずにはおかないような勢いだった。その時、浜田は、自分の銃でない、ちがった銃声を耳にした。それは、三八式歩兵銃の銃声ではなかった。見ると、支那兵の小屋に近い方から、四五人の黒いかげが、やはり蒙古犬にむかって、しきりに射撃をつゞけていた。
 小屋に残っていた六人は、窓に吊した破れたアンペラのかげから外をのぞいた。猛々《たけ/″\》しい犬は、小屋をも遠巻きに取巻いて、波のように、うごめき呻っていた。月のかげんで、眼だけが、けい/\と光っているのも見えた。すぐさま、彼等は、銃を取った。そして小屋から踊り出た。
 犬の群は、なか/\あとへは引かなかった。人間に襲いかゝろうと試みて、弾丸に倒されると、そのあとから、また、別の犬が、屍を踏み越えて、物凄く突撃してくるのだった。彼等は、勝つことが出来ない強力な敵に遭遇したような緊張を覚えずにはいられなかった。
 犬と人間との入り乱れた真剣な戦闘がしばらくつゞいた。銃声は、日本の兵士が持つ銃のとゞろきばかりでなく、もっとちがった別の銃声も、複雑にまじって断続した。
 危く、蒙古犬に喰われそうになっていた浜田たちは、嬉しげに、仲間が現れた、その方へ遮二無二に馳せよった。
「やア! 有難う、助かった!」
「……」何か日本語でないひゞきがした。
 ふと、月かげにすかして見ると、それは、昼間、酒を呉れた支那兵だった。
「有がとう! 有がとう!」
 彼は、つゞけてそう云った。
 それから、なお、十分間も、犬に対する射撃は、継続された。犬の群は、白い霜の上に落ちたその黒い影法師と一緒に動いて、ボヤけた月に、どうかすると、どちらが、犬か、影法師か見分けがつかなくなったりした。支那兵は、彼等と一緒に、共同の敵にむかったときにもそうするであろうように執拗に犬の群を追いまくった。もう、彼等は、お互いに××な
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