選挙漫談
黒島傳治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)秋蚕《あきご》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)何十日[#「何十日」はママ]
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   投票を売る

 投票値段は、一票につき、最低五十銭から、一円、二円、三円と、上って、まず、五円から、十円どまり位いだ。百姓が選挙場まで行くのに、場所によっては、二里も三里も歩いて行かなければならない。
 ところが、彼等は遊んでいられる身分ではない。丁度、秋蚕《あきご》の時分だし、畑の仕事もある。そこで、一文にもならないのならば、彼等は棄権する。二里も三里もを往って帰れば半日はつぶしてしまうからだ。
 金を貰えば、それは行く。五十銭でもいゝ。只よりはましだ。しかし、もっとよけい、二円でも三円でも、取れるだけ取っておきたい。取ってやらなければ損だ。
 どうして、彼等が、そういうことを考えるようになるか。
 彼等も昔の無智な彼等ではない。県会議員が、当選したあかつきには、百姓の利益を計ってやる、というような口上には、彼等はさんざんだまされて来た。うまい口上を並べて自分に投票させ、その揚句、議員である地位を利用して、自分が無茶な儲けをするばかりであることを、百姓達は、何十日[#「何十日」はママ]となく繰返えして見せつけられて来た。
 だから、投票してやるからには、いくらでも、金を取ってやらなければ損だ、と、そういう風に考えだしたのである。

   永久の貧乏

 百姓達が、お前達は、いつまでたっても、──孫子の代になっても貧乏するばかりで、決して頭は上らない。と誰れかに云われる。
 彼等は、それに対して返事をするすべを知らない。それは事実である。彼等は二十年、或は三十年の経験によって、それが真実であることを知りすぎているのである。
 しかし、彼等は、どうして貧乏をするか、その原因も知らない。彼等は、貧乏がいやでたまらない。貧乏ぐらい、くそ[#「くそ」に傍点]嫌いなものはない。が、その貧乏がいつも彼等につきまとっているのだ。
 これまでの県会議員や、国会議員が口先で、政策とか、なんとか、うまいことを並べても、それは、その場限りのおざなりであることを彼等は十分知りすぎている。では、彼等を貧乏から解放してくれるものは何であるか。──彼等には、まだそれが分っていない。分っている者
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