ちゃないか。――大《たい》したこっちゃないじゃないか!」
 彼は、皆の前でのんきそうなことを云っていた。
 だが、軍医と上等看護長とは、帰還者を決定する際、イの一番に、屋島の名を書き加えていた。――つまり、銃剣を振りまわしたり、拳銃を放ったりする者を置いていては、あぶなくて厄介《やっかい》だからだ。
 自分からシベリアへ志願をして来た福田という男があった。福田は露西亜語が少し出来た。シベリアへ露西亜語の練習をするつもりで志願して来たのであった。一種の図太さがあって、露西亜人を相手に話しだすと、仕事のことなどそっちのけにして、二時間でも三時間でも話しこんだ。露西亜語が相当に出来るようになってから内地へ帰りたいというのが彼の希望だった。
 けれども、福田も、帰還者名簿中に、チャンと書きこまれていた。
 そういう例は、まだ/\他《ほか》にもあった。
 無断で病院から出て行って、三日間、露人の家に泊ってきた男があった。それは脱営になって、脱営は戦時では銃殺に処せられることになっていた。だがそれを内密にすましてその男は処罰されることからは免《まぬが》れた。しかし、その代りとして、四年兵になるまで
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