いと、二人の足下から、大きな兎がとび出した。二人は思わず、銃を持ち直して発射した。兎は、ものゝ七間とは行かないうちに、射止められてしまった。
 二人の弾丸《たま》は、殆んど同時に、命中したものらしかった。可憐な愛嬌ものは、人間をうつ弾丸にやられて、長い耳を持った頭が、無残に胴体からちぎれてしまっていた。恐らく二つの弾丸が一寸ほど間隔をおいて頸にあたったものであろう。
 二人は、血がたら/\雪の上に流れて凍って行く獲物を前に置いて、そこで暫らく休んでいた。疲れて、のどが乾いてきた。
「もう帰ろう。」小村が促した。
「いや、あの沼のところまで行ってみよう。」
「いや、俺《お》れゃ帰る。」
「なにもうすぐそこじゃないか。」
 そう云って、吉田は血がなおしたゝっている獲物をさげて、立ち上りしなに、一寸、自分達が下って来た山の方をかえり見た。
「おやッ!」
 彼は思わず驚愕《きょうがく》の叫びを発した。
 彼等が下って来るまで、見渡す限り雪ばかりで、犬一匹、人、一人見えなかった山の上に、茶色のひげを持った露西亜人が、毛皮の外套を着、銃を持って、こちらを見下しているのであった。それは馬賊か、パルチ
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