鉄条網をくゞって谷間に下った。谷間から今度は次の山へ登った。見渡すかぎり雪ばかりで、太陽は薄く弱く、風はなく、たゞ耳に入るものは、自分達が雪を踏む靴音ばかりであった。聯隊が駐屯《ちゅうとん》している町も、病院がある丘も、後方の山にさえぎられて見えなかった。山の頂上を暫らく行くと、又、次の谷間へ下るようになっていた。谷間には沼があった。それが氷でもれ上っていた。沼の向う側には雪に埋《うも》れて二三の民屋が見えた。
二人は、まだ一頭も獲物を射止めていなかった。一度、耳の長いやつを狩り出したのであったが、二人ともねらい損じてしまった。逃げかくれたあたりを追跡してさがしたが、どうしても兎はそれから耳を見せなかった。
「もう帰ろう。」
小村は立ち止まって、得体の知れない民屋があるのを無気味がった。
「一匹もさげずに帰るのか、――俺れゃいやだ。」
吉田は、どん/\沼の方へ下って行った。小村は不承無承に友のあとからついて行った。
谷は深かった。谷間には沼に注ぐ河があって、それが凍っているようだった。そして、川は、沼に入り、それから沼を出て下の方へ流れているらしかった。
下って行く途中、ひょ
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