ども無い。納屋の蓆の下に置いて忘れているような気もした。納屋へ行って探して見た。だが探しても見あたらない。彼女は頭の組織が引っくりかえったようにぐら/\した。すべての物がばら/\に離れてとびまわっているように見えた。物置きへまで持って行ってしまったような気もした。
「どうしたんだろう?」
 一方では、物置きなどへは持って行った記憶がないのを十分知っていながら、単なる気持を頼って、暗い、黴臭い物置きへ這入って探しまわった。
「あんた、私の留守に誰れぞ来た!」
 おず/\彼女は清吉の枕元へ行って訊ねた。
「いや。誰れも来ない。」清吉は眼をつむっていた。
「きみか、品が戻った?」
「いや。どうしたんだい?」清吉はやはり窃んできたのだなと考えていた。
「なんでもないけど。」
「なんでもないって、どうしたんだい?」
 清吉は云いながら、唇の周囲に微笑が浮び上って来そうだった。
「いゝえ、なんでもないん。」
 清吉は、黙っているのは良くないと思ったが、どうも自分からかくしたとは云い出せなかった。
 お里は、お品か、きみがどっかへやったのかもしれない、と考えていた。清吉はうと/\まどろんで子供達が外から帰ったのも知らないことが珍らしくなかった。あるいは、彼が知らないうちに子供が嬉しがってどっかへ持って行ったのかもしれない、彼女は、子供達が寺の広場で遊んでいるのを呼びに行った。
「あの人、もう知ってるんだ。知ってるんだ?」歩きながら、思わずこんな言葉が呟《つぶや》かれた。そして彼女はぎょっとした。
 お品とおきみとは、七八人の子供達と縄飛びをしていた。楽しそうにきゃア/\叫んだりしていた。二人は、お里が呼んでも帰ろうとしなかった。
「これッ! 用があるんだよ!」
「なあに?」
「用があるんだってば!」彼女はきつい顔をして見せた。
 二人の娘は、広場を振りかえって見ながら渋々母のあとからついて来た。お里は歩きながら、反物のことを訊ねた。
「お母あ、どうしたん?」お品が云った。
「あれが無いんだよ。」
「どうして無いん?――あれうちが要るのに!」
「お前達どこへも持って行きゃせんのじゃな?」
「うむ。――昼から家へ戻りゃせんのに!」
 家へ帰ると、お里は台所に坐りこんだ。彼女は蒼くなってぶる/\慄えていた。お品ときみとは、黙って母親の顔を見ていた。と二人とも母が慄えるのに感染したかのよ
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