うにぶる/\慄えだした。
「知っているんだ、あの人は知ってるんだ?」里は思っていた。「何もかも知ってるんだ! どうしよう。……」
清吉は、これは自分がなんとか云ってやらなければいけない、と眼をつむって思った。が、どう云っていゝか、一寸困った。
「お母あ、コール天の足袋は?」不意に友吉が外から馳せこんで来た。「コール天の足袋は?――僕、コール天の足袋がいるんだ!」
お里は返事をしなかった。彼女は押入れから布団を出して、頭からそれを引っかむって俯向《うつむき》になった。
「コール天の足袋!」
布団の下からは、それには答えずに、泣きじゃくりが聞えて来た。
「お母あ、どうしたん? お母あ!」お品が声を潤おした。
「どうしたん?」
泣きじゃくりは、やはりつづけられて来た。
「お母あ、どうしたん! よう、お母あどうしたん?」
「お母あさん! お父うさん! お父うさん!」きみが泣きだした。
清吉は、なお黙っていた。彼の頬はきりりッと痙攣《けいれん》するように引きつッた。
[#地から1字上げ](一九二三年三月)
底本:「黒島傳治全集 第一巻」筑摩書房
1970(昭和45)年4月30日第1刷発行
入力:Nana ohbe
校正:林 幸雄
2006年1月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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