呂敷包を片隅に置いて外へ出た。
昼飯に、子供をつれて彼女は帰って来た。
「お母あ、どんなん買って来たん?」
子供は、母にざれつきながら、買ったものを見るのを急いだ。
「これ、これだ。」
「うちにゃどれ?」
「これ。品にゃこれ……。きみにゃこれ……」
お里は風呂敷包みの一方だけ開けて、品ときみに反物を見せた。清吉はわざと見向かないようにしていた。
「お母ア、コール天の足袋は? 僕のコール天の足袋は?」友吉がわめいた。
「あ、忘れとった。」お里はビクッとして「忘れてしもうとった。また、今度買うて来てやるぞ。」
「えゝい。そんなんやこい。姉やんにゃ仰山買うて来てやって、僕にゃ一つも買うて呉れずに!……コール天の足袋、今日じゃなけりゃいやだ!」
「明日買うてあげるよ。」
「えゝい、今日でなけりゃいやだ!」友吉は小さい両手で、母親を殴りつけた。
「よし、よし、じゃ、もうそうするでない。晩に新店《しんみせ》へでも行って来てあげるから。」
お昼から、お里が野良仕事の為初《しぞめ》に、お酒と松の枝を持って畠へ行ったひまに、清吉は、寝床から這い出して、そっと、風呂敷を開けて見た。
最初、借りて来たまゝの反物が包んである。金目から勘定すると、十円でこれだけは、どうしても買える筈がなかった。だが、納屋の蓆の下にでもかくしてあると思っていたものを、誰れの目にもつき易い台所に置いてあるのが、どういう訳か、清吉には一寸不審だった。
彼は返えす筈だった二反を風呂敷包から出して、自分の敷布団の下にかくした。出したあとの風呂敷包は、丁寧に元のままに結んだ。
妻が彼の知らない金を持っていようとは考えられなかった。と云って、如何に単純でたくらみがないとは云え、窃《ぬす》んだ物を台所に置きっ放しにして平気でいられようとは思われなかった。
「窃んだのじゃあるまい。買ったんだ。」
彼は、自分にそう云ってみた。そう云うことによって、たとえ窃んだものでも、それが奇蹟的に買ったものとなるかのように。
家の中も、通りもお正月らしく森閑としていた。寒さはひどかったが、風はなかった。いつもは、のび/\と寝ていられるのだが、清吉は、どうも、今、寝ている気がしなかった。彼は寝衣《ねまき》の上に綿入れを引っかけて外に出た。門松は静かに立っていた。そこには蕎麦や、飯が供えてあった。手洗鉢の氷は解けていなかった。
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