もある。そのくせ、ぬけめがないところもあるんだ。このせち辛い世の中に、まるで、自給自足時代の百姓のように、のんきらしく、──何を食って居るのかしらんがともかく暮して居る。
 まあ、農村からひょっくり東京見物に出てきた、猫背の若年寄を想像せられたい。尻からげをして、帯には肥料問屋のシルシを染めこんだ手拭をばさげて居る。どんなことを喋って居るか、それは、ちょっと諸君が傍へ近よって耳を傾けても分らんかもしれん。──小豆島の言葉をそのまままる出しに使っとる。彼に云わせりゃ、なんにも意識して使って居るんではない。笑われてもひとりでに出て来るから仕ようがない。
 それだのに、やつは、町の者のように華やかな生活をしてみたいと思っているからおかしい。野心も持っとるし、小心でもある。こいつくらい他人のキタないところをいつもかつもさぐっている奴は少ないであろう。自分のキタないところはまるで棚にあげて人が集って話をして居っても、あんまり口を出さずに、じいっとうしろの方から、人のアラをさがして見て居るような奴だ。おそらく、いつまで生きて居っても、人間と生活の美しい方面は見ることが出来ず、いつも悪い醜い方面ばか
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