自画像
黒島傳治
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【テキスト中に現れる記号について】
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)わな[#「わな」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)なか/\
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なか/\取ッつきの悪い男である。ムッツリしとって、物事に冷淡で、陰鬱で、不愉快な奴だ。熱情なんど、どこに持って居るか、そんなけぶらいも見えん。そのくせ、勝手な時には、なか/\の感情家であるのだ。なんでもないことにプン/\おこりだす。なんにでも不平を持つ。かと思うと、おこって然るべき時に、おこらず、だまってにやけこんで居る。
どんなにいゝ着物をきせても、百姓が手織りの木綿を着たようにしか見えない。そんな男だ。体臭にまで豚小屋と土の匂いがしみこんで居る。「豚群」とか「二銭銅貨」などがその身体つきによく似合って居る。ハイカラ振ったり、たまに洋服をきて街を歩いたりしているが、そんなことはどう見たって性に合わない。都会人のまねはやめろ!
なんと云っても、根が無口な百姓だ。百姓のずるさも持って居る。百姓の素朴さも持って居る(と考える)。百姓らしくまぬけでもある。そのくせ、ぬけめがないところもあるんだ。このせち辛い世の中に、まるで、自給自足時代の百姓のように、のんきらしく、──何を食って居るのかしらんがともかく暮して居る。
まあ、農村からひょっくり東京見物に出てきた、猫背の若年寄を想像せられたい。尻からげをして、帯には肥料問屋のシルシを染めこんだ手拭をばさげて居る。どんなことを喋って居るか、それは、ちょっと諸君が傍へ近よって耳を傾けても分らんかもしれん。──小豆島の言葉をそのまままる出しに使っとる。彼に云わせりゃ、なんにも意識して使って居るんではない。笑われてもひとりでに出て来るから仕ようがない。
それだのに、やつは、町の者のように華やかな生活をしてみたいと思っているからおかしい。野心も持っとるし、小心でもある。こいつくらい他人のキタないところをいつもかつもさぐっている奴は少ないであろう。自分のキタないところはまるで棚にあげて人が集って話をして居っても、あんまり口を出さずに、じいっとうしろの方から、人のアラをさがして見て居るような奴だ。おそらく、いつまで生きて居っても、人間と生活の美しい方面は見ることが出来ず、いつも悪い醜い方面ばか
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