小麦俵を積重ねた間にかくして、与助は一と息ついているところだった。まさか、見つけられてはいない、彼はそう思っていた。だがどうも事がそれに関連しているらしいので不安になった。彼は困惑した色を浮べた。彼は、もと百姓に生れついたのだが、近年百姓では食って行けなかった。以前一町ほどの小作をしていたが、それはやめて、田は地主へ返えしてしまった。そして、親譲りの二反歩ほどの畠に、妻が一人で野菜物や麦を作っていた。
「俺《お》らあ、嚊《かゝあ》がまた子供を産んで寝よるし、暇を出されちゃ、困るんじゃがのう。」彼は悄《しょ》げて哀願的になった。
「早や三人目かい。」杜氏は冷かすような口調だった。
「はア。」
「いつ出来たんだ?」
「今日で丁度《ちょうど》、ヒイ[#「ヒイ」に傍点]があくんよの。」
「ふむ。」
「嚊の産にゃ銭《ぜに》が要るし、今一文無しで仕事にはぐれたら、俺ら、困るんじゃ。それに正月は来よるし、……ひとつお前さんからもう一遍、親方に頼んでみておくれんか。」
杜氏はいや/\ながら主人のところへ行ってみた。主人の云い分は前と同じことだった。
「やっぱり仕様がないわい。」杜氏は帰って来て云った
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