「その代り貸越しになっとる二十円は棒引きにして貰うように骨折ってやったぜ。」杜氏は、自分が骨折りもしないのに、ひとかど与助の味方になっているかのようにそう云った。
 与助は、一層、困惑したような顔をした。
「われにも覚えがあるこっちゃろうがい!」
 杜氏は無遠慮に云った。
 与助は、急に胸をわく/\さした。暫らくたって、彼は
「あの、やめるんじゃったら毎月の積金は、戻して貰えるんじゃろうのう?」と云った。
「さあ、それゃどうか分らんぞ。」
「すまんけど、お前から戻して呉れるように話しておくれんか。」
「一寸、待っちょれ!」
 杜氏はまた主屋《おもや》の方へ行った。ところが、今度は、なかなか帰って来なかった。障子の破れから寒い風が砂を吹きこんできた。ひどい西風だった。南の鉄格子の窓に映っている弱い日かげが冬至に近いことを思わせた。彼は、正月の餅米をどうしたものか、と考えた。
「どうも話の都合が悪いんじゃ。」やっと帰ってきた杜氏は気の毒そうに云った。
「はあ。」
「貯金の規約がこういうことになっとるんじゃ。」と、杜氏は主人が保管している謄写版刷りの通帳を与助の前につき出した。その規約に
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