んだ。
杜氏は、恭々《うや/\》しく頭を下げて、伏目《ふしめ》勝ちに主人の話をきいた。
「与助にはなんぼ程貸越しになっとるか?」と、主人は云った。
「へい。」杜氏は重ねてお辞儀をした。「今月分はまるで貸しとったかも知れません。」
主人の顔は、少時《しばらく》、むずかしくなった。
「今日限り、あいつにゃひまをやって呉れい!」
「へえ、……としますと……貸越しになっとる分はどう致しましょうか?」
「戻させるんだ。」
「へえ、でも、あれは、一文も持っとりゃしません。」
「無いのか、仕方のない奴だ!――だがまあ二十円位い損をしたって、泥棒を傭うて置くよりゃましだ。今すぐぼい出してしまえ!」
「へえ、さようでございます。」と杜氏はまた頭を下げた。
主人は、杜氏が去ったあとで、毎月労働者の賃銀の中から、総額の五分ずつ貯金をさして、自分が預っている金が与助の分も四十円近くたまっていることに思い及んでいた。
杜氏は、醸造場へ来ると事務所へ与助を呼んで、障子を閉め切って、外へ話がもれないように小声で主人の旨を伝えた。
お正月に、餅につけて食う砂糖だけはあると思って、帆前垂にくるんだザラメを、
前へ
次へ
全10ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒島 伝治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング