して見せた。
「うん。」
「啓は、お父うのとこへ来い。」
 座敷へ上ると与助は、弟の方を膝に抱いた。啓一は彼の膝に腰かけて、包んだ紙を拡げては、小さい舌をペロリと出してザラメをなめた。
 子供は砂糖を一番喜んだ。包んで呉れたのが無くなると、再び父親にせびった。しかし、母親は、子供に堪能するだけ甘いものを与えなかった。彼女は、脇から来て、さっと夫から砂糖の包を引ったくった。
「もうこれでえいぞ。」彼女は、子供が拡げて持っている新聞紙へほんの一寸ずつ入れてやった。「あとはまたお節句に団子をこしらえてやるせに、それにつけて食うんじゃ。」
 子供は、毎日、なにかをほしがった。なんにもないと、がっかりした顔つきをしたり、ぐず/\云ったりした。
「さあ/\、えいもんやるぞ。」
 ある時、与助は、懐中に手を入れて子供に期待心を抱かせながら、容易に、肝心なものを出してきなかった。
「なに、お父う?」
「えいもんじゃ。」
「なに?……早ようお呉れ!」
「きれいな、きれいなもんじゃぞ。」
 彼は、醤油樽に貼るレッテルを出して来た。それは、赤や青や、黒や金などいろ/\な色で彩色した石版五度刷りからなるぱっとしたものだった。
「きれいじゃろうが。」子供が食えもしない紙を手にして失望しているのを見ると、与助は自分から景気づけた。
「こんな紙やこしどうなりゃ!」
「見てみい。きれいじゃろうが。……こゝにこら、お日さんが出てきよって、川の中に鶴が立って居《お》るんじゃ。」彼は絵の説明をした。
「どれが鶴?」
「これじゃ。――鶴は頸の長い鳥じゃ。」
 子供は鶴を珍らしがって見いった。
「ほんまの鶴はどんなん?」
「そんな恰好でもっと大けいけんじゃ。」
「それゃ、どこに居るん?」
「金ン比羅さんに居るんじゃ。わいらがもっと大けになったら金ン比羅参りに連れて行てやるぞ。」
「うん、連れて行て。」
「嬉し、嬉し、うち、金ン比羅参りに連れて行て貰うて、鶴を見て来る。鶴を見て来る。」せつは、畳の上をぴんぴんはねまわって、母の膝下へざれつきに行った。与助は、にこにこしながらそれを見ていた。
「そんなにすな、うるさい。」まだその時は妊娠中だった妻は、けだるそうにして、子供たちをうるさがった。

 暫らくたって、主人は、与助が帰ったかどうかを見るために、醸造場の方へやって来た。主人を見ると、与助は、積金だけは、下
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