手だ。ということを言いたげに呉は、安楽椅子に、ポンと落ちこんでチューインガムをしがんでいる深沢をチラと見て、にたにたと笑った。
「そうだ。何もしない者、何も知らないそうだ」
田川は唸く声の間から、とぎれとぎれに繰りかえした。弾丸のあたった腰は、火がついたように疼《うず》きほてついていた。
「チッ! しようがないね。貴様ら、呉と郭と二人で、それじゃ夜明に出かけろ、今度はうまくやらないと荷物を没収されちゃ、怺《こら》えせんぞ!」
「ああで」
荷物を積んだ橇は、門から厩《うまや》の脇にひっぱりこまれた。橇の毛布には、田川の血が落ちて、凍りついていた。支那人はボール箱の荷物をおろすと、脂ぎった手で無神経にその毛布をめくり上げた。相変らず、おかしげににやにや独《ひと》りで笑っていた。
「イーイーイイイ!」という掛声とともに、別の橇が勢いよく駈けこんできた。手綱が引かれて馬が止ると同時に防寒帽子の毛を霜だらけにした若いずんぐりした支那人がとびおりた。ひと仕事すまして帰ってきたのだ。
「どうしたい?」
毛布を丸めている呉清輝にきいた。
「田川がうたれただよ」と呉は朗らかに笑った。「時にゃうたれ
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