ることもあろうでか。これがおもしれえんだ」
「俺れら、こら、これだけやってきたぞ」
若い男は、一と握りの紙幣束を紙屑のようにポケットから掴みだしてみせた。そして、また、ルーブル相場がさがってきたと話した。
「さがれゃ、さがって、こちとらは、物を高く売りつけりゃええだ。なに、かまうこっちゃねえだ」
呉清輝は、実際、かげにかくれてこそこそと、あぶない仕事をやるために産れてきたような男だった。してはならぬ、ということがある。呉は、そのしてはならぬことを、かげにかくれて反対にやってみせる、それに快よさを覚えるようなたちの男だ。掏摸《すり》が一度、豪勢な身なりをしている男の懐中物をくすねて鼻をあかしてやると、その快味が忘れられず、何回もそれを繰りかえし、かっぱらう。そして、そのことのおもしろ味を享楽する。彼は、ちょうど、その掏摸根性のような根性を持っていた。
密輸入商人の深沢洋行には、また、呉清輝のごとき人間がぜひ必要なのであった。
深沢は、シベリアを植民地のように思って、利権を漁《あさ》って歩いた男だ。
ルーブル紙幣は、サヴエート同盟の法律によって国外持出しを禁じられていた。そこで
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