ぶる身慄いして、馬は、背の馬具を揺すぶった。今さっき出かけたばかりの橇《そり》がひっかえしてきたらしい。
外から頼むように扉を叩く。ボーイが飛んで行った。鍵をはずした。
きゅうにドカドカと騒がしい音がして、二人の支那人が支那服を着た田川を両方から助け肩にすがらしてはいってきた。
「大人、露西亜《ロシア》人にやられただ」
支那人の呉清輝は、部屋の入口の天鵞絨《びろうど》のカーテンのかげから罪を犯した常習犯のように下卑《げび》た顔を深沢にむけてのぞかした。深沢は、二人の支那人の肩のあいだにぶらさがって顔をしかめている田川を睨《にら》めつけた。
「何、貴様が、ボンヤリしているんだ! 今どき夏じゃあるまいし、警戒兵の網にひっかかるなんて、わざわざ小屋のある方を選って馬の頭をむけて行ったんだろう?」
「このごろ、大人、川凍ったばかりで道がない。まるで、山の岩のよう。夜、なお行きにくい」
「嘘言え、横着をしてもっと上流の方を廻らんからだ」
「大人、行ったことがない。どんなにあぶないか、どんなに行きにくいか知らない。何もしない者、何も知らない」
危険をくぐってやる仕事にかけては、俺の方がうわ
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