。
「止れ! 誰れだ!」
防寒帽で、すっかり、耳から鼻までかくしてしまった橇の上の男は、声で警戒兵が出てきたことを知るより先に、眼で危険を見て取った。
「止れ! 止らなけゃ打つぞ!」
ワーシカは氷を踏んで進んだ。シーシコフは彼につづいていた。彼らと橇の距離はもう六七間になった。一人が馭者台で鞭を持ち、二人が、その後に坐っていた。馬は二頭だ。橇はちょっと止ったように見えた。と、馭者台から舌打ちがして、馬はくるりと反対にまわってしまった。鞭が、はげしく馬の尻をしばく音がした。
「逃げるな!」
ワーシカは、すぐ折敷をして、銃をかまえた。命令をきかず、逃げだす奴は打ってもいいことになっているのだ。
何か、橇の上から支那語の罵《ののし》る声がきこえた。ワーシカは引鉄を引いた。手ごたえがあった。ウーンと唸る声がした。同時に橇は、飛ぶような速力を出した。つづいて、シーシコフが発射した。
銃の響きは、凍った闇に吸いこまれるように消えて行った。
「畜生! 逃がしちゃった!」
三
戸外で蒙古《もうこ》馬が嘶《いなな》いた。
馭者の呉はなだめるような声をかけて馬を止めた。
ぶる
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