支那人部屋にはいってきた。呉清輝と田川とは、傷の痛さに唸りながら、半ば、うつらうつらしつつ寝台に横たわっていた。おやじは、いきなり、ペーチカの横の水汲みの石油鑵を蹴《け》とばした。
「この荷物は急ぐんだぞ。これ、こんな催促の手紙が来とるんだぞ!」
クヅネツォフからの暗号の手紙を田川の頭のさきで振りまわした。それには、アルファベットとアラビア数字がきれぎれに、一字一字、全部で三十字ほど折れ釘のように並んでいた。クヅネツォフは、対岸の、北の村に住んでいる富農だ。パン粉を買い占めたり、チーズを買い占めたり、そして、それを労働者に高くで売りつける。そんなことを常習のようにやっている男だ。みんなに毛ぎらいされていた。
「へへ、自分で持って行くがええや」
おやじが去ったあとで、呉清輝は呟いた。
田川は、これまで生きてきた日本の生活よりも、また、北満の河の北方側の生活よりも、河のかなたの生活の方がはるかにいいと心から思うことがたびたびあった。理屈ではなかった。街を歩いていると彼と同年くらいのロシアの青年たちの暗い影がちっともない顔を見てそう思うのだ。大またに、のしのしとまったく心配なげな歩きッ
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