っかえしてきた。
 呉は、左の腕を捩《ね》じ曲げるように、顎の下に、も一方の手で抱き上げ、額にいっぱい小皺《こじわ》をよせてはいってきた。
「早や行ってきたのかい?」
 腰の傷の疼痛《とうつう》で眠れない田川は、水を飲ましてもらいたいと思いながら声をかけた。
「火酒は残っていねえか? チッ! 俺れもやられた!」
「やっぱし、あしこのところからはいろうとしたのか?」
「いや、ずっと上へ廻ったんだ。ところがそこにも警戒兵がいた」
「どこにだって警戒兵はいるさ。番をするのはあたりまえだ」
「ふーむ、ふーむ、みごとにうたれちゃった」
 呉清輝はうたれたのが愉快だというような声を出した。
 火酒は、戸棚の隅に残っていた、呉は、それを傷口に流しかけた。酒精分が傷にしみた。すると、呉は、歯を喰いしばって、イイイッと頸を左右に慄《ふる》わした。
「何て、縁儀《えんぎ》の悪いこっちゃ、一と晩に二人も怪我をしやがって! 貴様ら、横着をして兵タイのいるいい道を選って行っとるんだろう。この荷物は急ぐんだぞ。これ、こんな催促《さいそく》の手紙が来とるんだぞ!」
 朝、深沢洋行のおやじは、ねむげな眼に眼糞をつけて
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