実物の女の顔を知っていることを思うと、彼はいゝ気がしなかった。女を好きになるということは、悪いことでも、恥ずべきことでもない。兵卒で、取調べを受ける場合に立つと、それが如何にも軽蔑さるべき、けがらわしいことのように取扱われた。不品行を誇張された。三等症のように見下げられた。ポケットから二三枚の二ツに折った葉書と共に、写真を引っぱり出した時、伍長は、
「この写真を何と云って呉れたい?」とへへら笑うように云った。
「何も云いやしません。」
「こいつにでも(と写真をさも軽蔑した調子で机の上に放り出して)なか/\金を入れとるだろう。……偽せ札でもこしらえんけりゃ追っつかんや。」
如何にも、女に金を貢ぐために、偽せ札をこしらえていたと断定せぬばかりの口吻だ。
彼は弁解がましいことを云うのがいやだった。分る時が来れば分るんだと思いながら、黙っていた。しかし、辛棒するのは、我慢がならなかった。憲兵が三等症にかゝって、病院へ内所で治療を受けに来ることは、珍らしくなかった。そんな時、彼等は、頭を下げ、笑顔を作って、看護卒の機嫌を取るようなことを云った。その態度は、掌《てのひら》を引っくりかえしたよう
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