った。ころげこんだのかもしれなかった。老人は、切断された蜥蜴《とかげ》の尻尾のように穴の中ではねまわった。彼は大きい、汚れた手で土を無茶くちゃに引き掻いた。そして、穴の外へ盲目的に這い上ろうとした。「俺は死にたくない!」彼は全身でそう云った。
将校は血のついた軍刀をさげたまゝ、再び軍刀をあびせかけるその方法がないものゝように、ぼんやり老人を見た。
兵卒は、思わず、恐怖から身震いしながら二三歩うしろへ退いた。伍長が這い上って来る老人を、靴で穴の中へ蹴落した。
「俺れゃ生きていたい!」
老人は純粋な憐れみを求めた。
「くたばっちまえ!」
通訳の口から露西亜語がもれた。
「俺れゃ生きていたい!」
老人は蹴落されると、蜥蜴の尾のように穴の中ではねまわった。
それから、再び盲目的に這い上ろうとした。また、固い靴で、蹴落された。彼は、必死に力いっぱいに、狭い穴の中でのたうちまわった。
彼は、右肩を一尺ばかり斬られていた。栗島は、老人の傷口から溢れた血が、汚れた阿片臭い着物にしみて、頭から水をあびせられたように、着物がべと/\になって裾にしたゝり落ちるのを見た。薄藍色の着物が血で、どす
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