海賊と遍路
黒島伝治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)諂《へつら》いを
[#]:入力者注 傍点の位置の指定
(例)よそ[#「よそ」に傍点]の人たちの方が
/\:二倍の繰り返し記号
(例)あしこの沼のところでノコ/\やって居るぞ。
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私の郷里、小豆島にも、昔、瀬戸内海の海賊がいたらしい。山の上から、恰好な船がとおりかゝるのを見きわめて、小さい舟がする/\と島かげから辷り出て襲いかゝったものだろう。その海賊は、又、島の住民をも襲ったと云い伝えられている。かつて襲われたという家を私も二軒知っているが、そのいずれもが剛慾で人の持っているものを叩き落してでも自分が肥っていこうという家であったのを見ると、海賊というものにも、たゞ者を掠めとる一点ばりでなく、復讐的な気持や、剛慾者をこらしめる気持があったらしい。
小豆島の西方、女木島という島には、海賊の住家だったらしい洞窟がある。巧妙にできた、かなり広い洞窟であるが、それがいま、オトギバナシの「桃太郎」の鬼が住んでいたところだと云われて、その島をも鬼ガ島と名づけ、遊覧者を引こうがための好奇心をそゝっている。こうなると、昔の海賊も、いまの何をつかまえても儲けようとする種類の人間には顔まけするだろう。
小豆島は、島であるが、同時にまた山である。昔、大地が陥落して瀬戸内海ができるとき、陥落し残った土地だから土台は岩石である。その岩が雨に洗い出されて山のいただきには奇巌がいたるところに露出している。寒霞渓の巌と紅葉については、土地の者の私たちよりもよそ[#「よそ」に傍点]の人たちの方がくわしいだろう。山はあるところでは急激な崖になって海に這入り、又あるところは山と山との間の谷間が平かになって入江を形づくり部落と段々畑になった耕地がある。そして島の周囲には、いくつかのより小さい岩の島がある。
私はしかし、小さい頃から和やかな瀬戸内海の自然に親しむよりは、より多く人間と人間との関係を見て大きくなった。貧しい者の悲しみや、露骨なみにくい競いや、諂《へつら》いをこれ事としている人間を見て大きくなった。慾のかたまりのような人間や、狡猾さが鼻頭にまでたゞよっているような人間や、尊大な威ばった人間がたくさんいるのである。
約十年間郷里を離れていて、一昨年帰省してからも、やはり私の心を奪うものは、人間と
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