へ小さな急流をなして流れていた。
 松木と武石との中隊が、行衛不明《ゆくえふめい》になった時、大隊長は、他の中隊を出して探索さした。大隊長は、心配そうな顔もしてみせた。遺族に対して申訳がない、そんなことも云った。――しかし、内心では、何等の心配をも感じてはいない。ばかりでなく、むしろ清々していた。気にかかるのは、師団長にどういう報告書を出すか、その事の方が大事であった。
 一週間探した。しかし、行衛は依然として分らなかった。少佐は、もうそのことは、全然忘れてしまっているようだった。彼は、本部の二階からガーリヤの家の方を眺めて、口笛で、「赤い夕日」を吹いたりした。
 春が来た。だが、あの一個中隊が、どこでどうして消えてしまったのか、今だにあとかたも分らなかった。
 吉永は、丘の上の兵営から、まだ、すっかり雪の解けきらない広漠たる曠野を見渡しながら、自分がよくも今まで生きてこられたものだ、とひそかに考えていた。あの時、自分達の中隊が、さきに分遣されることになっていたのだ。それがどうしたのか、出発の前日に変更されてしまった。彼の中隊が、橇《そり》でなく徒歩でやって来ていたならば、彼も、今頃、
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